五月人形選び方をお好みの武将から!武将の特徴や人柄について2

五月人形でモチーフとしてよく用いられる戦国武将。そんな彼らの功績や性格から、お人形を選ぶことができるのはご存知でしょうか。

鎧や兜など種類が多く迷ってしまいがちですが、お好みの武将から選ぶことで、選択肢を絞ることができます。

そこで今回は多くの功績を残し、天下を治めた「徳川家康、豊臣秀吉」この二人の武将について紹介していきます。

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徳川家康

江戸幕府を開き、長い間平和を実現させた徳川家康。これまでにない統治システムを創造し、経済や文明を大きく発展させました。

農業生産や貨幣流通により安定した社会を築いただけでなく、相撲や歌舞伎、落語といったような現代にまで続く大衆文化も作り出したと言われています。

近代では戦争から約70年程経ちますが、徳川家康の作り出した江戸時代には、大きな争いはなく「300年続く平和を実現させた」という世界でも類を見ない功績です。このような功績から五月人形に「子孫繁栄」「平和」「穏やか」と言った意味が込められる事もあります。

鈴甲子雄山では、久能山東照宮所蔵の大黒頭巾の徳川家康兜を再現しています。徳川家康が関ヶ原の戦いなどの重要な戦にもっていく兜と言われ、それらの戦で勝利を収めたことから「吉祥の兜」と別名が付けられています。

出身は現在の愛知県、岡崎城。幕府を開いた東京都、そして静岡県もゆかりの地として上げられます。

画像は鈴甲子オンラインサイト「順風丸」のもの

豊臣秀吉

天下統一を成し遂げた豊臣秀吉。元は農民でしたが、自らの才能を武器に、関白・太政大臣まで上り詰めました。これは当時ではありえないほどの大出世です。

特に人心掌握に長けていて「人の心と信頼を掴む才能」により天下を掴んだとも言われます。実際うわべの言葉だけでなく、行動で示すその姿に多くの人から信頼を得ていました。

上司である織田信長が「金ヶ崎の戦い」にて窮地に陥った時も、率先して困難な任務を請負い、助け出すことに成功しています。この献身的な対応から、信長から重用されるようになったのです。

戦国三英傑とも呼ばれた天下人の豊臣秀吉の兜は、後光のような馬藺(ばりん)がそびえる、気品ある兜を再現しています。

そして出身は尾張国といわれた現在の愛知県、政治を行なっていた大阪府、京都府などがゆかりの地です。

まとめ

いかがでしたか?

今回は江戸時代の基礎を築いた「徳川家康」と「豊臣秀吉」の二人を紹介しました。

彼らのような歴史上の武将たちの功績や背景を知ることで、より明確な思いを込めた五月人形を選ぶことができます。

これらを参考に、ぜひお気に入りの五月人形を見つけてくださいね。

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